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 条文をほとんど見ないまま挑んでいるので、怪しいところだらけです。

 何かをしたという実感がない割には、特許と商標を除いて前回受験時並の点数を取るようになってきたのが不思議なところ…。
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 成績表にたどり着くまでが遠すぎる…。

 結局ほぼ準備なしで(勉強するための用意だけ)、解きながら勘がぼろぼろだと感じて、全体的に点を落として、30点。
 3年前は、それなりにがんばっていたつもりで、同じくらいの点数でした。

 さて、今年は?
 本日、年中行事として願書を出してきました。

 例年よりさらにどうでもいい気分で、限りなく未着手に等しい状態です。

 間に合うのかなあ、という気持ち半分、
 間に合わなくてもいいかなあ、という気持ち半分。
 メディアとTwitterが一番混乱しているように見えます。
 全局で緊急特番をやる必要があるのか?と思うくらい。(サンテレビは、いい意味でマイペースです)



 報道関係者ですら邪魔になる場合は多々あるわけで、できることは限られているどころか、いつも通り過ごして何もしない方がよい場合もあるというのが現実だろうと思います。
いろいろなところで、いろいろな憶測が飛び交っています。
まあ、しょうがないですよね。

論文試験の採点をしているわけではありませんが、
ある意味似たような評価作業に立ち会ったことが何度もあります。

機械処理できない方法で、
主義も主張も背景も違う方々が評価する以上、
一定の評価基準に従って評価しようとしても、
評価する人がその基準をどう解釈するかによって得点は偏るので、
取りまとめの際に調整をかけないと、
にっちもさっちもいかない結果が出てくる、
という状況になる方が普通だと思っています。
(何をどう仕込んでも、評価者のクセまでは消せません)

ならば、母数が数百通になろうかという評価者単位で見ると、
正規分布に近いという仮説に基づいて処理するのはそれなりに妥当で、
複数の評価者の結果を並べて比較するよりはよっぽど公平なのでは?
と思うわけです。

ましてや、評価者ごとに点数が大きく違う答案だけが調整対象になったりするのであれば、そもそも点数が違った原因を取り除かないことには、他の答案の点数まで信憑性が疑われないでしょうか?


統計処理の知識がしっかりしているわけではないので、
ぼんやりとした説明になっていますが、
結局のところ、この評価基準に対する対策を考えるくらいだったら、
おとなしく知識補充に努めるか、
当日に自分の力を発揮するための準備をするか、
に時間を割いた方が、よっぽど健全なのでは?と思う次第でございます。

で、こういう状況は、今年から始まるわけではないので、
やっぱり結論として、特に誰がジタバタするようなものではなく、
「(やるべきことは)例年通りですよね?」となります。

# 適切なヤマ張り(傾向と対策:-)をするほうが、
# まだ健全だとすら思います。

いかがでしょうか。
すでに話題になってはいますが、得点調整の方法が明記されましたね。



 おそらく、相対評価の試験なんだということがよりはっきりしたというだけのような気がします。

 採点者による公平不公平については、今までと何も変わらないという印象です。
 で、こういう取り組みを公表したということは、裏を返すと採点者による差が少なからずあったということで、それと変わらないのでは?ということは…というわけです、ハイ。

 結局のところ、やるべきことは「例年通り」ということですね(^_^;)。
コメントで書いていたのですが、こちらに書いてもよいかな?と思ったので起こしてみました。

もともとの質問は論文の過去問をやっていましたか?なのですが、
やっていたといえばやっていましたし、
やっていなかったといえばやっていませんでした。


要は、出題形式や求められる解答の体裁確認という用途には使っていましたが、
論点・知識の補充・確認という用途ではほとんどやっていません。

なので、過去問と同じ論点をゼミ・答練で聞かれると、順位は相対的に下がりました。
# 原因は明確なので、ほとんど気にしませんでしたが。



過去問を解けるようになることが不要だとまでは思いませんが、
答練の問題と過去問では、求めるものも取り組む姿勢も変えるべき、だとは思います。

で、過去問に求めるのは、問題文の読み解き方とか、すっきりまとめるにはどう書けばよいかとか、本番で毎年汎用的に求められているところを身につけるために使えばよいのではないでしょうか、と思うわけです。


過去問と同じ論点(特に判例)が再度出ることはほとんどない(ので、ヤマも張れる)と思っているから、そう使っていただけなのですが、試験という本質から外れたことをしていると思っていませんです。
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